モーニングロケッツ木曜日(高橋さゆり&金田まり子)

第5週目にお届けしている「歴史のなぞ」宇野先生をゲストにお迎えしました。

都ではないと文献が残っていないので都を中心に人口についてお話をしていただきました。

平安時代の人口は、貴族が何人いたかをまず調べ、

上級貴族から下級貴族まで7000人から8000人、

平安時代は夫婦と子どもが一緒に住んでることが多く家族は5人くらいで

家族を含めて貴族だけで5万人くらい、一般の人を含めて10万人くらいが平安時代の京都の人口だと

わかるそうです。今の草津の人口が13万人なのでほぼ同じくらいの人口ですね。

中世の時代は、20万人、戦があると人口が減るので応仁の乱の後は15万人くらいになりましたが

すぐに増えていきました。江戸時代には50万人くらいになりました。

明治に首都が東京になると京都の人口は一気に半分になり24万人くらいになりました。

平安時代は、ごくわずかな上級貴族で構成されていて、残りの人が普通かそれ以下で

生活に差がありすぎたそうです。買い物に行くにも限られた場所にしか市場はなく

市場は遠くて不便なところにあり、治安も悪かったので明るい間に歩いて行き、

不便をしていたので、物を売り歩く人や店を勝手に始めた人などがいて、今のようになっていたそうです。

貨幣経済が発達していましたが、庶民は自給自足で服も自分で作っていました。

旅行も歩くのが中心でしたが、乗り物に乗った人が盗賊に狙われるので

明るい間にルートを調べて移動し、夕暮れになったら移動はしなかったそうです。

物語などに出てくる化け物は、化け物ではなく盗賊のことで夜は盗賊が荒らしまわっていて、

実際は物騒で、鎌倉時代になるとより物騒になったとか。

夜、盗賊が移動する台車の音がすると庶民は身を潜めて、仕返しを恐れて通報はしないので、

盗賊の捕獲ができなかったそうです。

平安とついていますが、決して平穏ではなく歴史には裏と表があるとおっしゃっていました。

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