くさつ歴史こぼれ話

毎月第1木曜日の「モーニングロケッツ785」(パーソナリティ:高橋さゆり、金子まりこ)では、草津宿本陣・草津宿街道交流館館長の八杉淳さんをゲストにお迎えして、「くさつ歴史こぼれ話」をお届けしています。

今回は、草津宿で最も古い歴史を持つお寺「常善寺」の歴史について、前回の続きからお伺いしました。

 

 

江戸時代は徳川幕府の加護を受けていた常善寺も、明治時代になると普通の一般的なお寺になりました。
明治33年に阿弥陀如来と勢至菩薩、観音菩薩の阿弥陀三尊像が(旧の)国宝に指定されたのですが、大正以降お寺の修理を怠ったため傷みがひどくなり、昭和になると維持できなくなって朽ちていったそうです。

中世には室町将軍が宿泊する草津御所であり、関ヶ原の戦いに勝った徳川家康が宿陣したといわれる輝かしい歴史を持っていた常善寺の荒廃を嘆いて、町の篤志家が昭和43年鉄筋コンクリートの本堂を寄進し阿弥陀三尊像などが安置されています。

昔は広い境内を持つ有力寺院だった常善寺は今は小さな本堂のすぐそばまで民家が建ち並んで、かつての威容を知るすべはありません。

ただ旧の国宝だった阿弥陀三尊像を失うことなく守り継がれてきたことは草津市にとっては貴重なことで、現在は国の重要文化財に指定されています。

また仏像の簡単な見方についても教えていただきました。
仏像を学校組織に例えると、如来…校長 菩薩…教頭 明王…学年主任 天…担任というところだそうです。

如来はパンチパーマのような髪型でシンプルな衣装を身にまとっています。
菩薩は中性的あるいは女性的な顔立ちで、腕や髪に飾りをつけています。

常善寺の仏像は中心の阿弥陀如来を脇に控える勢至菩薩と観音菩薩の2体でお守りするという阿弥陀三尊像の形となっています。

こうした仏像の基本的な知識があると、お寺で拝観した時の見方も変わってくるとのことでした。

「くさつ歴史こぼれ話」 次回は4月4日(木)を予定しています。

どうぞお楽しみに…

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