「くさつ歴史こぼれ話」4月4日(木)モニロケ 高橋&金田

毎月第1木曜日にお届けしている「くさつ歴史こぼれ話」
草津宿本陣・草津宿街道交流館の館長 八杉淳さんをお迎えして、
旧の東海道沿いにある太田酒造さんの太田家の歴史についておうかがいしました。
 
 
江戸時代、太田家の当主は代々「太田又四郎」を名乗り、草津宿の問屋場の役人を務めたと記録に残されています。
問屋場とは宿場町には必ずある役所で、隣の宿場町へ荷物を継ぎ送るため人足と馬の差配をしていました。
 
草津宿は東海道と中山道のほか琵琶湖へ抜ける矢橋道と3本の道があったので、
隣の宿場町も大津、石部、守山、矢橋の4か所と複雑で問屋場は日々相当混雑したようです。
 
問屋場の役人は太田又四郎のほか2つの本陣の当主など何人かの草津宿の有力者が担当したのですが、
名誉職であり本業のかたわら3交代で務めたようです。
 
時には荷物を急ぐ武士から順番どおりではなく、自分の荷物を先に運ぶようにと
圧力をかけられるトラブルなどもあったのですが、武士をなだめながら上手に差配するのが
問屋場の手腕の見せ所だったそうです。
 
太田家の敷地は本陣と同じくらい広く、屋敷の裏手には出番を待つ馬や人足の待機場所があって、
いつもにぎわっていました。
 
明治時代に入ってから造り酒屋を始められ、太田酒造さんとして今に至ります。
旧の草津宿を訪れる観光客の方が立ち寄って試飲できる観光スポットになっています。
 
太田酒造さんの2階には江戸時代に問屋場の役人をしていた時に使われた
印鑑や蔵のカギなど貴重な品々が展示されています。
 
「くさつ歴史こぼれ話」次回は5/2(木)にお送り予定です。どうぞお楽しみに…
 

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