10月31日モニロケ『歴史のなぞ~昔の年中行事~』

今回から第5週はカノチヒロさんと高橋さゆりの「ジェネレーションギャップありまくりコンビ」でお送りします。
リスナーさんから「ヒロリン」とすてきなニックネームをいただいたので、さゆりんヒロリンのりんりんコンビ(part2)です。
 
 
これからのモニロケ785木曜日は第1,3週は今まで通り「さゆりんまりりんのりんりんコンビ」で、第5週は「さゆりんヒロリンのりんりんコンビ」でお届けしますので、どうぞよろしくお願いします。
 
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第5木曜日は「歴史のなぞ」 
栗東市小槻大社宮司で京都市歴史資料館主任研究員の宇野日出生さんをお招きして、「昔の年中行事」をテーマにお話をおうかがいしました。
 
 

平安時代の貴族は生活そのものが年中行事の中で生きているというところがあって「今日は○○の日だから……しなければいけないとか……してはいけない」という感じで生活がすべて決まっていて、年中行事にしばられながら人生を過ごしていました。
こういった生活が積み重なって日本の文化ができあがっていきました。
 
今でも残る例をあげると、年の始めにお餅を食べますがお餅は高級食材でそれを食べて一年の息災を願うという重要なしきたりでした。また当時の貴重品で使える人もごくわずかだった鏡とお餅を合体させて「鏡餅」が生まれ、今でも生活の中に生きています。
 
衣替えも重要な年中行事の一つでした。季節の変わり目の「節句」が貴族には大切なことで、桃の節句では白酒を楽しむ風習が生まれ、端午の節句でしょうぶ湯に入るのはしょうぶが尚武(武道を重んじること)につながるからでした。人形を飾る風習はもっと後の時代とのことです。
 
また8月1日は八朔(はっさく)と言って宮中へ物を持って挨拶に行く参賀の儀式があり、それが貴族から武家にそして庶民に伝わり現在のお中元につながっています。
 
四季がある日本では貴族はちょっとした四季の変化に敏感に反応して繊細な感覚で素晴らしい文化を生み出し、それらを書き残した日記や文学作品は国宝や重要文化財になっています。
 

「歴史のなぞ」次回は来年1/30(木)にお送りする予定です。どうぞお楽しみに。

 
 

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