1月30日モニロケゲストは……

1/30(木)モニロケ785は高橋さゆりとカノチヒロの担当でお送りしました
 
第5木曜日10時台には「歴史のなぞ」 
 
栗東市小槻大社宮司で京都市歴史資料館主任研究員の宇野日出生さんにお話をおうかがいしました。
 
 
今回のテーマは「お風呂とトイレの歴史」
 
昔はお風呂とは蒸し風呂のことで今のサウナのようなものを指し、湯殿が今のお風呂のことでした。
湯殿は湯を沸かすのに水と燃料がたくさん必要で経費がかかるため、お風呂つまり蒸し風呂が時代的には先に登場しました。
 
しかし昔はそれに入ることができるのは日本の人口のほんの一握りであり、風呂に入らなかった人が大多数を占めていました。
風呂は皮膚病などの病人を入れてあげる重要な医療行為の1つであり、単に気分転換やリラックスする場所ではなかったとのことです。
 
貴族でも風呂に入るのは好きではなく、頭も年に1,2回しか洗わなかったそうです。今の感覚では信じられませんね。
そういった環境だから長生きすることは難しく、風呂に入って体を清潔を保ち健康的な生活をしよう…というのは日本が近代国家を歩むようになってからのことです。
 
またトイレは昔は外で自由にするのが普通ですが、身分の高い貴族は広い部屋の中でついたてを立てて、おまるのような箱に用を足していました。
ただし外でする時は限られた場所で…と一定のルールがあり、町の一角で高下駄をはいて用を足していたようです。
 
排泄物を無造作に外に捨てる習慣だったヨーロッパに比べると衛生状態は良い方で、ペストの大流行で何百万人の人々が死亡するようなことは日本では起きませんでした。
 
さらに用を足した後の排泄物をやがて肥料として使うようになり、鎌倉時代以降は二毛作など農業の生産が飛躍的に伸びました。
排泄物の2次利用が農業技術の発達において大きな役割を果たしたと言えます。
 
「歴史のなぞ」次回は4月第5週の4月30日(木)にお送りする予定です。どうぞお楽しみに…

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