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草津レポート 5月号 オンデマンド配信中 こちら

1/20(木)モニロケ カメラマンの太田康介さんにお越しいただきました。

1/20(木)モニロケ785木曜日は、高橋さゆりと金田まりこでお送りしました。

「いきいき草津」前半は、12月に引き続きゲストに、草津市在住のカメラマン 太田康介(やすすけ)さんにお越しいただきました。

太田さんはカメラマンとして40年のキャリアをお持ちですが、昔は報道カメラマンとして世界あちこちの紛争地に行かれています。

「その国の歴史が変わる瞬間を見たい」という気持ちが原動力となって自ら紛争地帯に出向き、数多くの写真を撮影されました。

その中でも印象的な出来事の1つが、ソ連軍が撤退するのを見たいと出かけたアフガニスタンで、爆弾テロを撮影しようとしてスパイと思われ捕まったことです。

暴行を受けボロボロになって引きずられていったのですが、そんな絶体絶命の中で頭をよぎったのは当時よく見ていたカンボジアをテーマにした映画「キリングフィールド」のシーンだったそうです。

太田さんは日本を発つ前に「日本アフガニスタン友好協会」という架空の団体の名刺を作ってビザを取り入国したのですが、その友好協会のメンバーとアピールすることでスパイの疑いは晴れて解放されたとのことです。架空の団体をでっちあげるという大胆な行動が身を助けることになりました。

もう1つの印象的だった出来事は、旧ユーゴスラビアのボスニアヘルツェゴビナの紛争地、かつて冬季オリンピックが開催されたサラエボの街が戦争で荒廃してしまった所へ行ったことです。

そこでは宗教が異なる三派(セルビア、クロアチア、イスラム勢力)がそれぞれに自分が正義と主張する三つ巴の戦いが繰り広げられていました。

その紛争を調停するためにPKO(国連平和維持活動)のリーダーとして登場するのが日本人の明石康さんです。太田さんはカメラマンとして1か月密着取材を続け、滞在先のホテルに呼ばれてごちそうになったり交渉の時は国連の専用機に乗せてもらったりもしました。重要な交渉の最前線の先頭に立つのが日本人であることに誇りを感じたそうです。

こうした報道カメラマンの仕事は危険な状況もあったけれども「日本だけに居るとわからない世界 外では何が起きているのか?」に関心があったから、それを自分の目で見られて良かったとのことでした。

時は流れ2011年東日本大震災が起こり、原発が爆発した福島では人間が撤退したあと置き去りになった家畜やペットなどの動物たちが苦しんでいるのを知り、当時住んでいた東京から駆けつけます。

その頃は猫の魅力にハマって写真を撮りまくっていたこともあって「猫を何とか助けたい」という思いでした。

半径20Km以内に入って動物に特化しているカメラマンは太田さんしかいなかったことから、ほぼ毎週キャットフードを持って車で3時間半の道のりを出かけ撮影を続けます。その時に写した写真が「のこされた動物たち」と「待ちつづける動物たち」の2冊の写真集となりました。

やがて東京で保護猫活動をしているボランティアさんたちを連れて現地に何回も通うようになり、その方たちは水を得た魚のように動いて捕獲器をあちこちに仕掛け猫たちをどんどん捕まえます。その猫は東京に連れて行かれてそれぞれに里親が見つかり幸せな生活を送ることができました。

太田さんが福島に駆けつけたからこそ福島の猫たちは東京で幸せな日々を過ごすことができたという運命の不思議さを感じざるを得ません。

去年ふるさとの滋賀に戻り今度は琵琶湖畔で暮らす猫たちの写真を撮り始めます。そこではボランティアさんが毎日エサやりをしているおかげで命をつないでいる20匹ほどの猫が厳しい環境の中を生きています。エサをあげるということは途中でやめるわけにはいかない責任と覚悟が必要ですし、これ以上不幸な子猫を増やさないために避妊や去勢の手術をすることも必須です。

「びわこねこ」と名づけられた猫たちも福島の猫のようにいずれ里親が見つかることを願いながら太田さんは写真を撮られています。

写真展「びわこねこ物語」が2/22(にゃんにゃんにゃんの猫の日)に滋賀県立美術館で開催されますので、ぜひお出かけください。

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