6/4(木)モニロケ785「くさつ歴史こぼれ話」

6/4(木)モニロケ785は高橋さゆりと金田まりこが担当しました。
 
毎月第1木曜10時台の「くさつ歴史こぼれ話」の時間には
草津宿本陣と草津宿街道交流館の館長 八杉淳さんにお越しいただきました。
 
今回は東海道と矢橋の舟をめぐって詠まれた3つの歌についてお伺いしました。
 
1.もののふの やばせの舟は早くとも 急がば回れ 勢多の長橋
 
江戸時代より前に詠まれた歌で、東海道を草津から大津に行くには勢多の長橋つまり瀬田の唐橋を通っていく本来の道と、矢倉の道標で東海道から矢橋道に折れて矢橋の港で舟に乗るという2つの道がありました。
 
舟に乗ったほうが早道なのですが、舟は定員があって順番待ちが必要で、比叡山から比叡おろしが吹くと舟が進まなかったり、冬は琵琶湖が荒れて舟が出ないこともありました。だから回り道で距離は長くても瀬田の唐橋を通ったほうが結局は早く確実に着くという意味です。
 
この歌から「急がば回れ」という言葉が生まれました。一見まわり道でも安全確実な方法をとったほうが早く目的を達するということわざで、その語源は琵琶湖の南湖にあります。
 
2.勢多へ回れば 三里の回り ござれ矢橋の 舟にのろ
 
急がば回れの歌に対して、逆に矢橋の港側からの歌で、瀬田の唐橋へは三里12Kmほど遠回りになるから、ぜひ矢橋に来て舟に乗りましょう…と矢橋の舟を宣伝して旅人を誘っています。
 
江戸時代になると大名行列など大きな通行は東海道を歩いて唐橋を渡りましたが、多くの旅人は矢橋で舟に乗るようになります。
舟の上で足を休ませながら、近江八景の1つ矢橋の帰帆や比叡山など風光明媚な眺めを楽しむことは旅の醍醐味でした。
 
3.勢多へ回ろか 矢橋へ下ろか 此処が思案の うばがもち
 
矢橋への分かれ道を示す矢倉の道標が立っているところには、うばがもちの茶店がありました。旅人が瀬田の唐橋へ回ろうか?それとも矢橋の港から舟に乗ろうか?うばがもちを食べながらどちらの道を選ぼうかと迷っているようすを歌にしています。
 
歌川広重の草津の浮世絵に、うばがもちの茶店で一服している旅人と店の前には東海道が通り店の右横には矢倉の道標と細い矢橋道が描かれていていますが、まさにこの歌の情景を表しています。
 
「くさつ歴史こぼれ話」次回は7/2(木)にお送りする予定です。どうぞお楽しみに…

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