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1/6(木)モニロケ「くさつ歴史こぼれ話」江戸時代の「飛脚」について

1/6(木)モニロケ785木曜日は高橋さゆりと金田まりこが担当しました。

毎月第1木曜10時台の「くさつ歴史こぼれ話」の時間には

草津宿本陣と草津宿街道交流館の館長 八杉淳さんにお話をおうかがいしています。

今日は江戸時代の「飛脚」についてお話いただきました。

飛脚とは速く走る者とか手紙を運ぶ者のことで平安時代末期ごろから登場する言葉ですが江戸時代になると一般的になります。

同じ飛脚がずっと走るのではなくリレーのように人が入れ替わって運びます。

飛脚を大きく分けると継飛脚(つぎびきゃく) 三度飛脚 大名飛脚 町飛脚 の4つになります。

特に「大名飛脚」は参勤交代制のもとで各大名の江戸屋敷と国元との連絡に使われ、情報が漏れないように自分のところで独自の飛脚を置きました。

草津宿に今も残る田中七左衛門本陣は出雲松江藩のお定め本陣として参勤交代の時に必ず利用されていましたが「雲州御用」として松江藩の大名飛脚の取次所も務めていました。上りは伏見宿、下りは土山宿までが草津宿本陣の管理下にあったので飛脚に関するいろいろな記録が残されています。

たとえば飛脚の箱(御状箱)が雨に濡れたが中身は大丈夫だったとか飛脚が行き倒れたことや横田川が増水して渡れないなどの出来事が草津宿本陣に届出が出され逐一報告されています。

取次所の役割は5年ごとの契約だったのですが更新時には継続してやらせてくださいと草津宿本陣が願い書を出しています。

多少の給金がいただけたのですが、それよりも取次所を務めることは松江藩との信頼関係があって成り立つ名誉職の意味がありました。

一般的に飛脚が運ぶものは手紙だけではなく印鑑を押した証文(旅先の両替商で換金できる)さらに江戸時代の後期になると旅のお土産を国元に送ったり、荷物を泊まる予定の旅籠(はたご)へ先に送って身軽に旅を楽しむことができました。

江戸時代の飛脚は現代の郵便や宅配便、金融機関のような役割を果たしていました。

「くさつ歴史こぼれ話」次回は2/3(木)の10時台にお送りする予定です。どうぞお楽しみに…

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