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5/5モニロケ「くさつ歴史こぼれ話」草津の張子人形について

5/5(木)モニロケ785木曜日は高橋さゆりと金田まりこが担当しました。

毎月第1木曜10時台の「くさつ歴史こぼれ話」の時間には

草津宿本陣と草津宿街道交流館の館長 八杉淳さんにお話をおうかがいしています。

今回5/5は子どもにちなんだ風習についてお話いただきました。

草津周辺では江戸時代の初期から子どもが生まれると「猩々(しょうじょう)」という架空の生き物の張子人形を贈る風習がありました。

これは疱瘡(ほうそう)よけのおまじないです。疱瘡とは天然痘のことで命に関わるため子どもがいる親にとっては恐ろしい病気でした。

医学が発達していない時代この病気は疱瘡神の仕わざと考えられていて、その疱瘡神が忌み嫌う色が赤と信じられていました。

だから猩々は酒樽の上に乗り右手に柄杓、左手に盃を持って顔色や髪は赤く、赤い着物を着て…と赤色がふんだんに塗られた張子人形でした。

子どもを疱瘡から守るために猩々と赤色の伴ダルマ(起き上がりこぼし)などを並べてしばらく家に飾った後、村はずれの辻などに置けば疱瘡神を追い払うことができると信じて生まれた風習のようです。昭和40年代くらいまでこの風習が続いていた所もあったのですが、猩々の張子人形は外に置いたままにするので風雨にさらされほとんど残ることはなく、昭和56年のびわこ国体の時に復元されたものが一部残っているだけです。

また同じような草津の張子人形に「ピンピン馬」と「ピンピン鯛」があります。子どもが生まれると母方の実家から贈られるもので、やはり疱瘡よけの赤色が塗られていて子どもの健やかな成長への願いが込められています。馬や鯛が乗る四角い箱の中にピアノ線が張られていて車輪が回るとピンピンと音が出ることからその名前がついています。

今と違って子どもを病気で亡くすことが多かった時代、親は子どもが無事育つことを切実に願っていたからこそ草津の張子人形は生まれました。

「くさつ歴史こぼれ話」次回は6月2日(木)の10時台にお送りする予定です。どうぞお楽しみに…

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