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11/3 モニロケ「くさつ歴史こぼれ話」草津市のさまざまな地名について

11/3(木)モニロケ785木曜日は高橋さゆりと三井(みい)麻莉子が担当しました。

毎月第1木曜10時台の「くさつ歴史こぼれ話」の時間には草津宿本陣と草津宿街道交流館の館長 八杉淳さんにお話をおうかがいしています。

今回は草津市のさまざまな地名についてお話いただきました。

地名はいつから?

明治5年滋賀県ができ、草津では草津村 矢倉村 南笠村 上笠村……など江戸時代の地名がそのまま残ります。

明治22年に町村制が敷かれ、たとえば「草津町」は草津村 矢倉村 大路井(おちのい)村の3つの村が合併してできます。同じように「志津村」「 山田村」「 笠縫村」「 常盤村」「 老上村」なども江戸時代から続く小さな村が合併して誕生します。

地名はどうやってつけたの?

合併して大きくなった町や村の名前の決め方はお互いにもめないようにその辺り一帯が昔から呼ばれている広域の歴史的な名称からつけられました。

たとえば「草津町」は草津宿から「志津村」は志津の荘「山田村」は山田郷「笠縫村」は笠縫の里とそれぞれ昔からの地名から名前が決まりました。

「常盤村」はもともと盤(いわむら)郷と呼ばれていましたが、1字ではバランスが悪いということで盤の前に常をつけて常磐(ときわ)村になりました。

また「老上村」は野路村や矢橋村など歴史的にも有名な村同士の合併となり、村の中を流れる川「狼川」の古い呼び名「老上川」から村の名前が決まりました。

合併で消えてしまった江戸時代からの村の名前も大字(おおあざ)で大路井、駒井沢、野路、南笠、馬場……という形で残されました。

おもしろいのは野とか穴という地名は村をつけ野村や穴村と2文字にして大字になったことです。

地名からみえること

地名というのはその土地の歴史を表していて、地名を探っていくとその歴史がいつまでさかのぼれるのかというのがうかがえます。

昔からの地名を無くしてしまうのは決していいことではありません。

「くさつ歴史こぼれ話」次回は12/1(木)の10時台にお送りする予定です。どうぞお楽しみに…

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