10/29(木)モニロケ785は高橋さゆりと三井麻莉子がお送りしました。
第5木曜日10時台は「歴史のなぞ」。
滋賀県神社庁草津栗東支部長の宇野日出生さんにお話をおうかがいしています。
今回は大津市にある長等(ながら)神社と三尾(みお)神社についてお話いただきました。
どちらも由緒ある神社でもともとは園城寺(三井寺)の鎮守社としてその境内に建っていましたが、時代の変化に伴い境内の外にある現在の場所に移転しました。
このように神社やお寺が地域の状況や災害などの理由で移転することは時々あることだそうです。
昔は人力で行うため大仕事でした。
どちらの神社も移転した後も地域の人々に大切に守られ信仰を集めてきました。
長等神社は大津の長等地域の山すそに位置しています。
中世は園城寺(三井寺)と比叡山延暦寺との権力闘争が激しく、三井寺は焼き討ちされたりしながらも存続してきました。
そのような中で参詣しやすいようにと三井寺境内から移転したのは11世紀中ごろですが、明治に入ってから神社の名前を地名の長等に変えました。
神仏習合時代の仏様は残念ながら焼失していますが、本殿は五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の重厚な建物です。
また明治38年造営の楼門は中世の古い様式を基調とした造形美を誇り大津市指定文化財となっています。
さらに札の辻にあった馬神神社も長等神社の境内に移転しています。
三尾神社は明治政府が出した神仏分離令により明治9年三井寺境内の外に移転しました。
その場所は長等山の中腹にあって琵琶湖疎水が山のトンネルを入って京都へ流れていく景色が望められ、春は桜が美しく多くの人が訪れる所です。
ただし三尾神社の名前は移転後もそのまま残り、地元中保町の人々が守っている神社となっています。
南北朝時代建立の面影を今に伝える本殿や社殿の建築に関する古文書は国の重要文化財に指定されています。
また神社の神様の使いがうさぎであることから様々なうさぎのモチーフが参拝者を迎えてくれます。
長等神社、三尾神社ともに時代は異なるけれども三井寺境内から外に移転したことで、それまでお寺に参らなければお参りできなかった神社が地域の人々に親しまれて信仰しやすい存在になりました。
「歴史のなぞ」次回は都合により来年7月第5週の7/29(木)の10時台にお送りする予定です。
かなり先になりますがどうぞお楽しみに…
